雨の日にはJAZZを聴きながら

2008年3月10日月曜日

Chick Corea & Gary Burton /The New Crystal Silence


60年代初頭にジャズ・シーンに颯爽と登場し、以後アコースティックからエレクトリック、フュージョン、果てはフリー・ジャズまでその守備範囲を広げ、八面六臂な活動で常にオーディエンスを楽しませてきたチック・コリア。その多岐に渡る作品群を今、俯瞰してみた時、70年代に始動したゲイリー・バートンとのコラボレーションは、彼の音楽史の中にあって一大潮流を築いた重要プロジェクトであったと理解できるのではないでしょうか。

そんな2人の名盤『 Crystal Silence 』から35年の月日が流れ、今回彼らのパートナーシップ35周年を記念して2枚組CDが発売されました。

Disc1 は、昨年創立75周年を迎えたシドニー交響楽団との共演ライブ。録音は2007年5月10日、12日に、指揮者にベルリン在住のアメリカ人,ジョナサン・ストックハマーを招き、シドニー・オペラハウスで行われました。オーケストラのためのスコアは、当初はチックとゲイリーで書く予定でしたが、あまりにも二人のスケジュールがタイトであったため、止むを得ずチックが全幅の信頼を寄せているサックス奏者、ティム・ガーランド(チックのOriginやビル・ブラッフォードとのEarthworksでも有名)に一任したようです。演奏曲目は、以前に2人で演奏経験のあるチックのオリジナル曲、≪ Duende ≫、≪ love Castle ≫、≪ Brasilia ≫、≪ Crystal Silence ≫、≪ La Fiesta ≫など。

Disc2は、2人のデュオで≪ Senor Mouse ≫や≪ La Fiesta ≫などの涙もんの名曲に加え、エバンスの≪ Waltz for Debby ≫、ガーシュインの≪ I Love You, Porgy ≫などを演奏しています。ゲイリー曰く。「今回の35周年記念ツアーの目的は、ファンの方々と一緒にこの35年という月日を振り返ることだったからね(こんな選曲になったんだよ)。」2人のライブは75か所にも及んだため、どの音源を採用するか迷ったようですが、最終的には2007年7月に行われたノルウェーでのTHE MOLDE JAZZ FESTIVALでのライブが採用されました。このフェスティバルが開催されたホールは、400から500人収容の比較的小規模のホールで、録音には理想的であったといいます。しかも基本的に2人は暗譜で演奏していたため、たびたびミスすることもあったようですが、このフェスティバルでの演奏はミスもなく完璧であったとのこと。ただし、≪ Senor Mouse ≫だけはミスがあったため、スペインのカナリア諸島、テネリフェでのライブ音源に差し替えたそうです。

さて、肝心の内容ですが、もうテキストにするのが虚しくなるほど、素晴らしい演奏です。こんなブログを読んでいる暇があったら、今すぐ、3000円握りしめてCD屋さんに駆け込みましょう。そしてできる限り高価な装置で、許す限り大音量で彼らの音楽に身を任せることをお薦めします。

と言ってしまうと身も蓋もありませんので簡単にインプレッションを記します。

シドニー交響楽団との共演では、チックのオリジナル曲が壮大なスペクタクル作品に生まれ変わり圧倒的なスケール感をもって迫ってきます。言葉に言い表せないくらい素晴らしい演奏です。オーケストラと二人の相互の音楽に対する信頼、リスペクト、綿密なリハーサル、これらがあって初めて実現するコラボレーションなのでしょう。個人的にはこのDisc1 が好きです(きっぱり)。もう完全に鳥肌ものです。M-2 ≪ love Castle ≫やM-5≪ La Fiesta ≫の終盤に向かうにつれて何重にも畳み掛けるようなオーケストレーション。高まる高揚感。完全にジャズというジャンルの枠を超えた音世界。世の中に星の数ほど多種多様な音楽があれど、これほどの名作は私は知らない(ちょっと言い過ぎ)。

Disc2 は基本的には『 In Concert, Zurich, October 28, 1979 』を踏襲する内容ですが、『 In Concert, 〜 』が最初の3曲≪ Senor Mouse ≫、≪Bud Powell≫、≪ Crystal Silence ≫が素晴らしい出来ではあるものの、後半はやや緩慢な印象が拭いきれない作品であったのに対して今回の新作は、全8曲、終始、緊張関係が持続し、無尽蔵のクリエイティビティーとイマジネーションが止めどなく発露し、『 In Concert, 〜 』よりもスケール感のある硬質なロマンチシズムに貫かれた音世界が繰り広げられています。

いや〜、実は今日、お昼頃に本作を含め山中千尋の『 after hours 』、Karel Krautgartner Ochestra、Peter Madsenの『 Three of a kind 』などなど、10枚程買ってきたのですが、この『 The New Crystal Silence 』を最初に聴いたら嵌ってしまい、繰り返しず〜と聴いていて、他のCDを聴く気になれません。ホント、感動的な作品をチックは作ってくれました。キース・ジャレットが霞んで見えます。ハンコックなど遥か彼方に遠退いてしまい姿すら見えません。やっぱりチックは凄いわ。


Chick Corea & Gary Burton  『 In Concert, Zurich, October 28, 1979 』 ECM 1980
個人的にはチック・コリアをリアルタイムで聴き始めた最初の作品なので、並々ならぬ思い入れがあります。大学1年の蒸し暑い夏の日、エアコンもないアパートの一室で初めて聴いた時の衝撃と感動は今でも忘れられません。数多くの記憶とリンクする本作。今でもLPで持ってますよ。

2007年10月3日水曜日

Orchestre National de Jazz 『 la fete de l' eau 』

最近の国語の教科書には夏目漱石や森鴎外らの作品は登場せず、それらに代わって俵万智や赤川次郎らの作品が掲載されているそうです。昔懐かし教科書の定番であった『こころ』や『高瀬舟』が消えて無くなるのはとっても寂しく思いますが、これも時代の流れなので仕方ないのでしょうね。

ところで今日、仕事帰りに最近発売された『 Jazzとびっきり新定番500+500 』( MOONKS著 大和書房 )を買ってきて、先程からビール片手に、「なんでガネーリン・トリオが定番なんだぁ~?」とか、「アムステルダム・ジャズ・クインテットが出てらぁ~、大河内さんはやっぱり流石だ!」なんて呟きながらパラパラ捲っていましたが、このMOONKSの方々も「古典的な定番はこの際飛び越えてしまおう! ジャズは世界中でどんどん進化している。8ビートや16ビートで育った人だからこそ楽しめる現在進行形の新定番。」と言い切っております。いつまでもチャーリー・パーカーだとかバド・パウエルだとかを、これからジャズを聴いてみようとという方々に勧めても絶対ジャズ人口は増えない。共感が得られない。御尤もであります。教科書の世界と同様、ジャズの世界にも新定番が求められているわけですね。

などと思いを巡らせながら唯今、先日買ってきたマリア・シュナイダー(Maria Schneider)の新作『 Sky Blue 』を聴いているのですが、これが実に素晴らしい。今までになくロマンチックで、まるで全ての物語が夢の中で進行していくかのようなふわふわとした聴き心地。特にM-1 ≪The Pretty Road ≫は絶品です。今までの彼女の作品の中では個人的にはベストです。そんな彼女たちが身を置く≪ビッグ・バンド≫というカテゴリーでも確実に新定番は生れているのですね。≪ビッグ・バンド≫と聞いてはじめにデューク・エリントンやカウント・ベイシーの名前が頭に浮かぶようでは古い。現在進行形のコンテンポラリー・ビッグ・バンドを聴こう! という訳で、ビッグ・バンド作品の紹介です。

ONJ (オルケストル・ナシオナル・ドゥ・ジャズ)は、マリア・シュナイダー・オーケストラやボーヒュスレーン・ビッグ・バンドらと並んで、個人的に最も愛聴しているビッグ・バンドです。優雅で贅沢な気持ちに浸りたければマリア・シュナイダー。とにかく超絶技巧のビッグ・バンド・サウンドを聴きたければボーヒュスレーン・ビッグ・バンド。そして斬新で楽しいビッグ・バンドを聴きたいときは迷わずONJをお勧めします。ONJは1986年に創設されたフランスの国営ジャズ・オーケストラです。国営というのは珍しいしですよね。デンマークのDRJO(デンマーク放送ジャズ・オーケストラ)も政府援助の団体ですが、それ以外もあるのでしょうか?僕は知りません。さすが芸術先進国として名を馳せるフランスです。日本も見習って“NHK Jazz Orchestra ”なんていうのを設立して欲しいものです。

で、このONJの面白いところは、クラシックの世界ではよくありますが、招いたミュージック・ディレクターに任期を持たせ、一定の期間ごとに交代させるという運営形態をとっている点です。今までにアントワン・エルヴェ、ローラン・キュニー、クロード・バルテレミーら計8人がディレクターの座に就いています。現在はヴィブラフォン奏者のフランク・トルティラーが就任しています。政府は≪金は出すが口は出さない≫方針で、任期中の音楽的方向性からメンバーの調達まで一切をディレクターに任せています。よって一口にONJとは言っても、一定の質は維持しながらもディレクターによって全く異なるジャズが聴こえてくるところがこのオーケストラの最大の魅力になっています。

そんな中、僕が最も気に入っているのが“バルテレミーのONJ ”なのです。バルテレミーは89年から91年に最初のディレクター就任を果たしていますが、2002年に再びディレクターに返り咲いています。最初の任期中には『 Clair 』、『 Jack-Line 』という2大傑作を世に送り出しています。今日紹介する『 la fete de l' eau 』は2004年に制作されたもので、前作に負けず劣らず優れた作品です。ほぼ全曲バルテレミーの作曲で、複雑な和声を駆使した高度な楽曲ばかり15曲。あまりの複雑な楽曲にバンドマンの悲鳴が聞こえてきそうです。以前、「ジャズ批評」99号にバルテレミーのインタビュー記事が掲載されていたのですが、その中で彼は「さあ皆さん、好きに演奏してくださいと言っても、そうぐちゃぐちゃにはならないでしょう。だったら私がぐちゃぐちゃに演奏されるように書けばよい(笑)。」と話していました。

バンドの編成は、2トランペット+3トロンボーン+2サックス+ギター+ドラム+ベース+ヴィブラフォン+アコーディオンのちょっと変わった12人編成。フランス人特有の諧謔さと近未来的SF感覚を併せ持ったアヴァンギャルドなサウンドで、普段コンボ・ジャズしか聴かないジャズ・ファン、あるいはビッグ・バンドは好きだけどスウィング、モダンしか聴かないファンにはかなり刺激的だと思います。機会がありましたら御一聴されてはいかがでしょうか。余談ですが、そろそろディレクター交代の時期ですが、次期ディレクターはジャン・ピエール・コモあたりが来るんじゃないかと予想しているんですが、どうなるか楽しみです。ONJのOfficial Web Site はこちら。全作品のジャケ付きディスコグラフィーとそれそれの作品の収録曲の中から数曲づつ視聴もできます。

Evgeny Lebedev  『 Fall 』

1984年モスクワ生まれのピアニスト、エヴジェニー・レベデフの2005年録音のデビュー盤。録音時は若干20歳、と言うと同じロシア出身のエルダー・ジャンギロフ(キルギス出身)を思い出しますが、ジャンギロフが幼少期から既にアメリカに渡り音楽教育を受けたのに対してレベデフは、モスクワ1623学校、モスクワ芸術大学、そしてグネーシン音楽大学と、一貫してロシアでの音楽教育で鍛えられたピアニストなのです。

正直なところ、ロシア生まれ、ロシア育ちの生粋のロシアっ子のピアノ・トリオを聴くのは今回が初めてでした。ロシア人ピアニストと言えば、澤野商会から再発されたコンパス盤 『 Live in Groovy 』 で話題となったウラジミール・シャフラノフが既に有名ですが、彼の場合は若くしてフィンランド ( 妻がフィンランド人 )、更にはニューヨークに活動の場を移してしまったため、全くと言っていいほどロシア訛りのない洗練されたスタイルに変貌してしまっていますし、寺島靖国氏推薦のセイゲイ・マヌキャン・トリオでピアノを弾いていたヴァレリー・グロホフスキー(Valeri Grohovski)にしても、やはり早い時期からアメリカに渡り、フランス、コスタリカなどを中心に世界的な活動( クラシック分野でも活躍 )を行っていて、そのスタイルは耽美的、叙情的な欧州ピアニストのそれに近似しているように思われます。


バルド三国の一つ、旧ソ連エストニア出身のトヌー・ナイソーの 『 With A Song In My Heart 』 (2003 sawano )を聴いた時も、あまりにもエヴァンス的なその手法に拍子抜けしまった、なんてこともありました。

本当のロシア的なピアノ・トリオというものはあくまで幻想に過ぎず、実際には米国、欧州との音楽交流、ミュージシャンの拡散、放出、流入によりロシアらしさというものが存在しなくなっているのかと思っていました。80年代のペレストロイカに続く91年のソ連崩壊により、ロシアの音楽家は表現の自由を手に入れたその一方で、資本主義経済の下、音楽商業的な成功を求められたミュージシャン達は、より住みやすい土地を求めて次々と海外に移住していったといわれています。そんなロシアのハードな音楽事情の中、純然たるロシア産ジャズ・ピアニストであるエヴジェニー・レベデフが母国レーベルから作品を送り出してきたということは注目すべき出来事です。


彼のオリジナル曲6曲にW・ショーターの ≪ Footprints ≫、≪ Fall ≫ とK・ギャレットの ≪ Journey for Two ≫ を挟み込んだ全9曲の構成。非4ビート系のグルーブ感に溢れるオリジナルに耳が奪われます。スパルタニズムなロシア音楽教育で鍛え上げられた強靭な左手から繰り出されるソリッドなリフに乗せて始まる冒頭の≪ Footprints ≫で、ほとんどの聴き手は“何かやってくれそうな予感”を彼に感じ、胸が高鳴るはずです。若い世代だからこそ生まれ得るポップな語法に満ち溢れた作曲能力も素晴らしく、また一方では、エルダー・ジャンギロフに欠けていた抒情性も上手く表現されています。しかも決して取って付けたような抒情性ではなく、陰影深く、夢幻的な美しさを纏った抒情的バラード・プレイは20歳そこそこの少年が紡いでいるとは俄かに信じられません。さらに付け加えるならば、超絶技巧を遺憾なく見せつけるレベデフの脇を固めるベースとドラムスもかなりのテクニシャンです。


ロシア・ジャズと言えば、どうしても前衛・即興音楽家の独壇場であり、更には彼らを取り巻くジャズ評論家達も非常に学究的、哲学的であり、僕のような軟弱ジャズ・ファンには近寄りがたい領域だったのですが、こんなピアノを聴いてみると、やはりロシアにもスタンダードでコンテンポラリーなジャズがしっかり根付いているんだなあ、と実感し、少しだけロシア・ジャズが身近に感じられるようになりました。レベデフは2004年にはバークリー音楽院の奨学金を獲得し米国での活動の足掛かりを築き、おそらく現在、母国と米国の両方で活動していると思われます。今後の活躍が大いに期待したいものです。

Evgeny Lebedev  『 Fall 』 2007年発売  One Records??
Evgeny Lebedev (p)
Anton Chumachenko (b)
Alexandr Zinger (ds)